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前回のにょた妄想の派生
続き読むから
続き読むから
「こっち」
「随分と遠いな。自転車で来たほうがよかったんじゃないか?」
「それだと皆城さん、一緒に来れないだろ?自転車いっこしかないんだぞ。うち」
真壁家に下宿するようになって3ヵ月。彼女の買い物を手伝うと言ったのはほんの気まぐれだった。夏休みに入った彼女が毎日忙しく家事で動き回ってる中、期末のレポート提出が終わった自分がただだらだらと家の中で過ごすのも退屈だったというのもある。ただ、なんとなしに述べた手伝いの申し出が思いのほか彼女にとって好ましいものだったらしい。
曰く、「ならいつもよりたくさん食材が買い込めるな」とのことで、人並み以上に力のある彼女がいつも大きな買い物袋を一人で抱えてる様を目にしている僕は早速自身の発言を後悔しかけたが、僕だって男だ、なんとかなるだろう。たぶん。
「そっちじゃないよ」
考え事をしながら歩いていたら、足が見当違いの方向に向きかけていたらしい。右の指先になにかひやりとしたものが当たる感覚がして、軽い力で引っ張られる。見ると、目の前の彼女の細い指が僕の人差し指をやわく摘まんでいた。
「……すまない。少し考え事をしていた」
「だとおもった。声かけても反応しないから」
そんなに思考に没頭していただろうか。なんだか気恥しくなって、口ごもる。するとその様が可笑しかったのか、はは、と柔らかい笑い声がころりと耳に転がってきた。
わらうことないだろうと言いかけて、しかし僕は目に入って来た光景に再び閉口する。
「……皆城さん?」
数秒ののち、怪訝な顔をした少女に覗きこまれ、我に返った。
――『皆城さん』
そうだ、僕は彼女にとって、実家に下宿しているいち大学生にすぎない。
お前の前世は男で僕の親友だった、なんて言われて信じる人間なんていないだろう。彼女に僅かにでも記憶がないか、何度か探りを入れてみたこともある。だが、そういうときこの真壁一騎はいつだって曖昧に笑って首を傾げるのだ。そうやって3ヵ月も共に過ごせば、否、探りを入れれば入れるほどに、彼女が『皆城総士』とはあの日が初対面で、フェストゥムと人類との戦いも、ファフナーも、戦争も、教科書の中でしか見たことがない、ただの少女なのだと思い知らされる。
そうして僕はこの世界でただひとりの『竜宮島の皆城総士』なのだと痛感するのだ。どうしようもないほどの孤独。いま、この平和な世界で、僕はそれを捨て去ることができないでいた。
こんな風に昔の記憶に振り回されながらも、僕だってそればかりを抱えて今日まで生きてきたわけではない。
割り切ろうと、諦めようと、常々、彼女と一騎を混同しないようには心がけてはいるのだ。ただ、先ほどの彼女の笑顔があまりに僕の知る『真壁一騎』そのもので、指に触れる少し冷たい体温が、昔彼に手を引かれていた、僕じゃない僕の記憶と被るようで……。
一瞬、何もかも忘れて彼女に縋りたいような、彼女を連れて、そのままここから逃げだしてしまいたくなるような、大きな感情の波が僕の足もとから彼女に繋がれた指先まで駆け巡って、通り過ぎた。
「……なんでもない。行くんだろう?日が暮れてしまうぞ」
言って、指先だけが当たっていた彼女の手を僕の手で包んで歩きだす。これくらいなら、罰も当たらないだろう。
繋がれた手を見て、僕を見て、頬を染めた『かずき』が明後日の方向に目を向ける。
「……皆城さん。だから、そっちじゃない」
おわり
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